[SIDE-R]
「……よっ」
霊夢の後方、控え室の入り口からそんな聞きなれた声が聞こえた。
いつもより、少し遠慮がち。
霊夢は軽くため息をついてから、振り向く。
「何しに来たの?」
「うわ。酷いぜ。試合前だから様子見に来てやったんじゃないか」
目が合うと、魔理沙は苦笑いを浮かべていた。似合わない表情。
何か、霊夢の機嫌を伺うような、言葉を選んでいるような、悩みのある表情。
まったく、似合わない。
そんな魔理沙を見つめながら、しかしそれ以上何も口を開きそうにない霊夢の様子に、魔理沙は頬を指で軽く掻きながら言葉を続ける。
「あー……邪魔か?」
「邪魔」
「……傷つくぜ」
「気を遣うつもりの相手に逆に気遣わせるようなことをさせるようじゃ、邪魔といわれても仕方ないと思わない?」
ふう……と、今度は隠さずに大きなため息をついて。
半目で、魔理沙を睨みつける。
「わざわざ来てくれたってことは、ちゃんと私に投票してくれるんでしょうね?」
無機質な声で言うと。
魔理沙は視線を右上のほうにやって。
「あー……それは」
「ここで嘘でもウンって言えないんなら来るんじゃないの。そういうこと。わかってるでしょ?」
きっぱりと、言い放つ。
そして少し意識して上目遣いになどしつつ、微笑む。
「私は1人でも別に何にも問題なく戦えるけど……あいつはそうじゃないんじゃない?」
「あー」
「――なんてこと、私に言わせるんじゃない。そう言いたかったの」
わかったらさっさと行きなさい。
そう言わんばかりに、手をしっしっと振る。
ははは。魔理沙は乾いた笑い声とともに、手を軽く振り返した。
霊夢に背を向け、ドアに手をかける。
「霊夢」
向こうを向いたまま、ぽつりと霊夢の名前を呼ぶ。
霊夢は無言のまま次の言葉を待つ。
ここでゴメンナサイなんて言葉が出てくるようなら、本気で殴ってやろうと思いながら。
「……ありがとな」
ぱたんと閉まるドアの音とともに、魔理沙を見送った。
霊夢は、楽しくて、笑った。
「――わかってると思うけど、私は負けないわよ」
[SIDE-A(1)]
机の前で、ひとり。
ぐっと握りこぶしなど作って、気合を入れてみる。
前回は勇気付けてくれるひとがいた。だけど今回は……
今回は――きっと、来ない。今回に限っては、きっと――
相手が、彼女だから。
最初からわかっていたこと。
その程度のことでいちいちダメージを受けたりするほど、弱い自分ではないはずだった。そう思っていた。
だけど、気付いてしまったのだ。もはやどうしようもないほどに、依存してしまっていることに。
心の奥深くまで、奪われてしまっていることに。
一度自覚してしまったら、戻ることはできない。1人でも大丈夫なんて、自分に言い聞かせることはできても、もう1人の自分がそれを即座に否定する。必要だ。1人では足りない。彼女が必要だ。
会いたい――
本当は今すぐにでも彼女の名前を呼んで、呼んで、ここに呼びたい。
そっと、口を開く。少しだけ。おまじないのように、少しだけ。
「ま――」
「よ、元気か?」
――まさか、来るなんて思っていなくて。
素っ頓狂な悲鳴をあげてしまった自分が恥ずかしいのだった。
「な、何しに来たのよっ」
「……はは……」
椅子に座ったまま身体だけ少し振り向いたアリスの第一声に、魔理沙は微妙な表情を見せた。
よくわからないが、苦笑の一種なんだろうか。
「……何よその顔」
「いや……ちょっと台詞に既視感が……な。いや気にするな」
「……ふん。こんなところに来てる場合じゃないんじゃないの? お友達のほうはいいのかしら?」
「お前ら実はちょっと似たもの同士かもなと今初めて思った」
「は?」
「だけど本当は全然違うんだよな。あいつは本当に正直なことしか言わないし、アリスは本当に素直じゃない」
「な……」
いきなりな言葉に。
しかし、反論する隙はなかった。魔理沙は真っ直ぐに距離を詰めてくる。
何のためらいもなく、アリスが放つオーラのような「壁」も気にせず、あっという間にすぐ側まで。
「アリス」
椅子の真後ろに立って、名前を呼ぶ。
静かな、穏やかな声で。
「……!」
名前だけを呼ぶのは、反則に近い。いつもこうだ。
魔理沙はこれで、アリスのスイッチを入れてしまう。意図してやっているのかどうかは不明ながら。
確かにその瞬間、アリスの全身に歓喜の震えが走ったのだ。
「勝てよ」
そう言って――
魔理沙は、アリスの体を、後ろから、抱いた。
「あ……」
ぴくりと反応する身体。漏れ出た声。
そんなこと、されてしまっては、素直にならざるを得ない。
[SIDE-A(2)]
魔理沙は、アリスの体をしっかりと抱きとめる。
臆することなく、真正面から見つめながら。
すぐ目の前まで、顔を近づけながら――
「あいつは強い。間違いなく強い。いつだって余裕で、いつだって掴み所のないまま、勝利を持っていく」
「……うん」
魔理沙の声が、麻薬のように耳に心地よく浸透していく。
条件反射的な相槌を返すのが、精一杯。
「だけど、アリスも強い」
「……うん」
「それに……私がついている」
「……うん」
もっと。もっと喋って欲しい。言葉は何でもいい。
もっと甘えさせて欲しい……戦いなんて忘れるほどに。
「アリス」
「うん」
だけど。
魔理沙は、ここで、身体を離す。
あ……と、切ないため息が自然に漏れ出てしまう。どうして。
「私にできることはここまでだ。舞台に出るのは、アリス1人だ。わかるな?」
「……」
わかっている。
わかっているけれど。
魔理沙は、迷いの残るアリスの表情を見て、優しく、微笑んだ。
「勝ったら、素敵なプレゼントをやるぜ」
「……?」
もう一度、彼女はずいと顔を近づけて……アリスを抱き寄せて。
「詳細は、勝つまでのお楽しみだ」
――すぐにまた身体を離して、言ったのだった。
「あ……」
顔を真っ赤にしたアリスがそこに残されて。
少しニヤけた笑いを見せる魔理沙と対峙して。
「一言、何か残しておくことはあるか?」
「……こ……」
「……こ?」
「……こ、これだから、情緒を知らない野良魔法使いは困るのよ……っ。もっと……こう……その……わかる!?」
「あー。わかるわかる。その調子だ」
魔理沙は、ぐっと親指を突き立てて見せた。
というわけであくまでも魔理沙×アリスな支援! 霊夢に勝つのはかなり厳しいと思いますが超ファイトです!
そして支援FLASHが間に合わなかったぶんの、絵だけ投下……